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京都室町ってどんなところ?

 

呉服の問屋街、京都室町通り

 
京都市内の中心部は南北の通り、東西の通りが大小混じって交差しており、街並みは碁盤の目の様になっております。その内の南北の通りのひとつが室町通りといって、通りに面して呉服の染め元の会社、メーカー、大きい問屋などが立ち並んでいます。全国のほとんどの呉服関係の商品が室町通りから出荷されて、通りに面したエリアを昔から、室町と呼んでいます。呉服の町としての歴史は古く、江戸時代には高級織物の問屋街で栄え、京都でも最も富裕な大商人の集まる通りへと成長していきました。
 

呉服で栄えた室町通りの歴史

 
室町通りと呉服のかかわりは古く、1676年(延宝4年)三井越後屋呉服店(今の百貨店、三越)が”なないろや”のすぐそばの室町蛸薬師に最初の店舗を構えました。1704年(宝永元年)室町二条に店舗を移し、現在では三井越後屋京本店記念庭園となっております。
松坂屋は1745年(延享2年)には、仕入れの本拠地として室町錦小路に店舗を開設しました。次第に繁盛し、1749年(寛延2年)には現在の新町通六角町に新築移転しました。今でも店舗として当時のたたずまいの雰囲気を残しています。当時は江戸店持京商人(えどたなもちきょうあきんど)といって、京都で高級な絹織物などの商品を調達して江戸の店舗で商いをするのがステイタスだったといわれています。

室町と祇園祭

 
江戸時代より絹織物の卸問屋の町として栄えた室町はその後、隆盛を極めて”豪商”と呼ばれる富裕な大商人を増やしていきました。その富裕さを競うように豪華にしていったのが祇園祭の山鉾です。祇園祭の主役のひとつに山と鉾があり、山鉾を持っている町を山鉾町と言って町名に山鉾の名前がついています。(”なないろや”のあるところは山伏山があるので山伏山町になります。)豪商たちは財をなして豪華な屏風や飾りつけた山鉾を一年に一度の祭りの時に町人にお披露目してきたといいます。

古典柄-紅葉、桜
 
京都室町なないろやは祇園祭をおこなう山鉾町の真ん中にお店を構えています。祇園祭は古来、夏の京の街に蔓延した疫病を祓い無病息災を祈願した歴史あるお祭りです。7月1日から一ヶ月間お祭りの行事が続きます。今年の夏は京都の人の色々な思いが込められた祇園祭を是非、ご覧にお出かけくださいませ。