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京友禅と振袖の歴史

友禅染めの起源は古く、もともとは室町時代に今の友禅染めの基礎はできていたといわれています。東京国立博物館に所蔵されている花染め小袖などの重要文化財からその技法の起源が見られるそうです。当時は限られた貴族だけが着るようなもので、江戸時代になって技法を確立して広めたのが扇絵師であった宮崎友禅斎だといわれています。のちに装飾が華美になっていき、友禅染めの中でも金箔や金糸などの金彩装飾を施したもの、豪華できらびやかなのが京友禅の特色となっていきました。友禅染めは他に、まったく金彩を使わないで上品で写実的な加賀友禅などがあります。

京友禅の歴史

友禅染めと江戸幕府

 
友禅染めと江戸幕府

 
友禅染めを確立して広めたのは宮崎友禅斎とされていますが、何故、友禅染めが世間に広まったかについては、江戸幕府のたびたびの「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」と呼ばれたお達しの為だと言われています。要するにぜいたくを禁じて皆、日々倹約に徹しなさいということなのですが、女衣類制禁之品々と称して女性の着る着物で金紗、縫、総鹿の子の三種を禁じたとされています。金紗は金糸、金箔を使ったきらびやかなもの、縫は刺繍の豪華なもの、総鹿の子は総絞りの着物のことです。これらが禁じられたので、他に禁にかからずに華やかな着物を作りたい、着たいという思いから絵画のように絵模様を表現する友禅染めが世に広まって、江戸時代の人々の心をつかんだとされています。そののち、金彩を施した豪華な特徴のある京友禅が発展していきました。

振袖の歴史

 
 振袖の最初の形は小袖と呼ばれるもので、江戸時代初期に子供や若い女性が着て、元服をまだ終えてない18歳未満の男の子も着ていました。そのころから芸妓衆が踊りの中で袖を振る動作が愛情を示す、また袖にすがる動作が情けを乞うしぐさとして、若い女性の中で流行って好んで振袖を着るようになりました。また袖を振る動作が縁を呼び、厄をはらい、おめでたいものという意味が定着して未婚女性の着物となっていきました。袖丈も最初は短かったものが二尺(76cm)になり、三尺(104cm)と長くなっていきました。未婚女性の礼装と広く認知されたのは明治時代からで、昭和に入り、戦後まもなく埼玉県ではじめての成人の式典が催され、成人式が全国に定着して沢山の成人女性が着用して出席するようになりました。